東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2718号 判決 1994年7月27日
原告
水資源開発公団
右代表者総裁
川本正知
右訴訟代理人弁護士
高田敏明
被告
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
大北晶敏
被告
甲野二郎
同
有限会社乙川商店
右代表者代表取締役
乙川三郎
被告
乙川三郎
同
丙沢建材興業株式会社
右代表者代表取締役
丙沢四郎
被告
丙沢四郎
右両名訴訟代理人弁護士
鳴尾節夫
同
桒原周成
主文
一 被告甲野一郎、同有限会社乙川商店及び同丙沢建材興業株式会社は、原告に対し、各自、別紙第一物件目録記載の土地につき別紙除去物目録記載(一)の、同第二物件目録記載の土地につき同除去物目録記載(二)の、各廃棄物及び土砂を除去せよ。
二 被告らは、原告に対し、各自、金五二八四万四二〇〇円及び内金五一三〇万円につき昭和六三年三月一七日から、内金一五四万四二〇〇円につき本判決言渡しの日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨
第二 事案の概要
一 原告所有の別紙第一物件目録記載一ないし一〇の土地(以下、併せて「原告土地」という。)と別紙第二物件目録記載の土地(以下「本件山林」という。)とは、傾斜地の上下の位置関係にあって、その一部が隣接している。本件山林が傾斜地の上部に、原告土地がその下部に位置する。
本件は、被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)、同有限会社乙川商店(以下「被告乙川商店」という。)及び同丙沢建材興業株式会社(以下「被告丙沢建材」という。)が、本件山林に大量に産業廃棄物等を投棄したため、右山林に堆積した産業廃棄物及び土砂(以下「廃棄物等」という。)が下方の原告土地内に滑り落ち、同土地の所有権を侵害したこと、また、原告土地に堆積した右廃棄物等から有毒なシアン化合物が検出されたことを理由として、原告が、右被告ら三名に対し、土地所有権の妨害排除請求権に基づき原告土地に堆積した廃棄物等の除去と、同所有権の妨害予防請求権に基づき本件山林に堆積した廃棄物等の除去とを求めるとともに、被告ら六名に対し、共同不法行為による損害賠償金(合計金五二八四万四二〇〇円〔争点3(一)(2)①ないし③の合計額〕及び内金五一三〇万円につき訴状送達の日の翌日である昭和六三年三月一七日から、内金一五四万四二〇〇円〔争点3(一)(2)①の内金で本訴提起後に支出したもの〕につき本判決言渡しの日の翌日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実等
1 当事者
(一) 原告は、水資源開発公団法(昭和三六年法律第二一八号)により、内閣総理大臣が定める水資源開発基本計画に基づき、水資源開発施設の建設・維持管理等の事業を実施することにより、国民経済の成長と国民生活の向上に寄与することを目的として設立された特殊法人である(甲一三、一四)。原告は、右事業の一環として、千葉県内に水道用水等を供給するため、同県長生郡長柄町地内に長柄ダムを建設中であり(甲一五)、その用地として前記の原告土地を所有している(甲三ないし一二)。
(二) 被告一郎は、本件山林のもと所有者亡Kの相続人の一人であり、昭和六三年二月八日、遺産分割協議により本件山林を取得した者である。なお、被告一郎は、平成元年八月二三日、本件山林から長生郡長柄町六地蔵字勝古沢二二二番五ないし八の各土地を分筆し、同五及び七の土地につき訴外Mに対し所有権移転登記手続をした。
(三) 被告甲野二郎(以下「被告二郎」という。)は、被告一郎の甥である。
(四) 被告乙川商店は、産業廃棄物の処理及び運搬に関する業務等を目的とする会社であり、被告乙川三郎(以下「被告乙川」という。)はその代表取締役である。
(五) 被告丙沢建材は、産業廃棄物処理業等を目的とする会社であり、被告丙沢四郎(以下「被告丙沢」という。)はその代表取締役である。
2 本件山林と原告土地との位置関係
本件山林と原告土地とは、上下の位置関係で傾斜面をなしており、本件山林と原告土地のうち2の土地は相隣接している。本件山林が山の上部に、原告土地が谷に当たる。本件山林南側(山の上部)は、県道茂原線から分かれた細い進入道路に接しており、その進入道路の標高は約一一〇メートルから約一二五メートル程である(別紙図面(一))。本件山林に廃棄物等が投棄される前は、右進入路に接する地点を最高点として北側(原告土地側)下方に傾斜しており、本件山林と原告土地の境界線は標高約八五メートルの地点であったが、本件山林南側部分が埋め立てられて、進入路と同じ標高の土地部分が造成された。平成元年八月二三日に本件山林から分筆された二二二番八の土地では、進入路から北方約三六メートルないし約四〇メートルの部分まで標高が進入道路と同じか又は一〇メートル程度高くなった。また、本件山林と原告土地とが接する境界線の標高が最大で約一〇八メートル程になり、廃棄物等の投棄により一五メートル以上も本件山林が旧地山よりも高くなった箇所がある(甲三二、三四、三五、一一〇、一一九、一二四の三、一二五、検証の結果)。
三 争点
1 争点1
原告土地に堆積している廃棄物等は、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材が、本件山林に投棄した廃棄物等であって(争点1①)、それらが本件山林の斜面を滑り落ちたものであるか(争点1②)否か。
(一) 原告の主張
(1) 被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材は、次のとおり、本件山林に廃棄物等を投棄した。なお、本件山林に投棄した廃棄物等の量は、大型ダンプカー一台当たりの投棄量(積載量)を約九立方メートルとして計算する。
① 被告一郎‥約八万一〇〇〇立方メートル
投棄した期間 昭和五九年から同六二年までの約一〇〇〇日間
一日の平均台数 九台(一〇〇〇日×九台×九m3=八一〇〇〇m3)
② 被告乙川商店‥約二万一九七八立方メートル
ア投棄した期間 昭和六一年一二月から同六二年五月三〇日までの約六か月間
一か月の平均台数 四七台(六か月×四七台×九m3=二五三八m3)
イ投棄した期間 昭和六一年七月から同六二年七月までの約一二か月間
一日の平均台数 六台(三〇日×一二か月×六台×九m3=一九四四〇m3)
アとイの合計 二五三八m3+一九四四〇m3=二一九七八m3
③ 被告丙沢建材‥四万八六〇〇立方メートル
投棄した期間 昭和六二年四月ころから同年九月ころまでの約一八〇日間
一日当たりの投棄時間 一〇時間
一時間当たりの台数 約三台(一八〇日×一〇時間×三台×九m3=四八六〇〇m3)
(2) さらに、被告一郎は本訴提起後も本件山林に廃棄物等を投棄した。
(3) 本件山林において廃棄物等を投棄する場合は、地形上、本件山林南側の最も高い地点から原告土地に向けて傾斜面下方に投棄する方法しかなく、投棄された物は必然的に斜面を滑り落ちて、下方の原告土地に堆積する結果となる。
(二) 被告一郎の主張
被告一郎が本件山林に投棄した残土等は、原告土地に崩落しておらず、また、原告土地に崩落する危険もない。
(1) 本件山林と原告土地は傾斜面をなして相隣接してはいるが、本件山林の斜面に残土等を投棄しても、投棄物をブルドーザー等で固めながら整地をし、その上にさらに残土等を投棄する手順を繰り返していたから、右土砂等は原告土地に崩落しない。
(2) 被告一郎は、同乙川商店が本件山林に廃棄物等を投棄するのに先立って本件山林に土砂等を投棄したことはあるが、右投棄は、当時、本件山林の最上部が隣接する道路より低かったので、道路と同じ高さの台地に造成するため残土等で埋め立てた。被告一郎は、時間を十分かけて埋め立てたので、投棄した土砂等が原告土地に崩落したことはない。
(3) 被告一郎は、本件訴訟が提起された後にも、本件山林に土砂等を投棄したことがあるが、右投棄は、本件山林の斜面を整地するために実施したものであり、原告土地と本件山林の境界から本件山林の上部に向かってユンボで地固めしてはブルドーザーで投棄された土砂をその上に乗せ、またユンボで地固めするという作業を繰り返して、高さが三メートル位で、三メートル程の平地部分を設けるという方法で順次上に向けて整地したものであり、また、右棚状の端の部分には、三メートルおきに長さ三メートル程の鉄筋・鉄パイプ・松の木等の杭を打ち込み、右各杭に孟そう竹を横に組んで強度を保持したものである。したがって、本件山林に投棄した土砂等が原告土地に崩落し、また、崩落するおそれはない。
(三) 被告乙川商店の主張
被告乙川商店は、昭和六二年五月六日から同年六月初旬ころまでの間、本件山林に土砂等を投棄した。しかし、同被告は、本件山林に投棄用の穴を掘り、その中に土砂等を投棄したものであり、投棄した土砂等が原告土地に崩落した事実はない。
2 争点2
被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材は、原告土地内の廃棄物等の妨害排除義務及び同土地に対する妨害予防義務を負うか否か。
(一) 原告の主張
(1) 原告土地及び本件山林に堆積している廃棄物等は、これが投棄される前の地盤(旧地山)と、外観上識別が可能であるが、廃棄物等自体は混和していて、被告らのいずれの投棄によるものか識別が不能であるから、民法二四五条により右廃棄物等は、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材らの共有となる。したがって、右被告らは共同して原告土地に堆積した廃棄物等を排除する義務を負い、また、右排除により本件山林に堆積した廃棄物等が原告土地に崩落する危険を予防する義務を負うものである。
また、被告一郎は、本件山林の所有権を取得し、現在、右山林から分筆された二二二番五及び七の土地を除く部分を所有しているから、原告土地のうち二二二番五及び七の土地を除く部分について堆積している廃棄物等を撤去する義務を負う。
(2) 本件山林及び原告土地に堆積した廃棄物等は相当の分量に達しており、原告土地内に堆積した廃棄物等を除去しただけでは、廃棄物等が堆積したままの本件山林と廃棄物等を除去したのちの原告土地との高さがその境界線において八メートル以上の差を生ずるため、本件山林の廃棄物等が原告土地上に崩れ落ちることは必至である。したがって、本件山林と原告土地との境界線上に擁壁等を設置することにより、廃棄物等の崩落を防止することが考えられるが、かかる巨大な擁壁を設置するには巨額の費用がかかる。そこで、擁壁を設置するよりも、崩落を防止するために本件山林及び原告土地上に堆積した廃棄物等のうち土木工学上の標準のり面勾配(安定勾配)を超える部分を除去する方法による方がより安全かつ安価といえる。本件山林に堆積した廃棄物等は、土木工学における盛土材料の分類上「粒度の悪い砂」に相当するから、その標準のり面勾配は水平距離1.8メートルないし二メートルに対し高さ一メートルとされているところ、本件山林の堆積物中に斜面の安定にとっていかに好ましくない物が埋没しているか否か不明である現状においては、安全のため、より緩やかな水平距離二メートルに対し高さ一メートルの割合による勾配(別紙図面(二)ないし(六)の計画線により表示される勾配)によるべきである。なお、被告一郎は、平成元年八月二三日付けで、本件山林のうち勝古沢二二二番の一の山林から、二二二番五ないし同番八の各土地を分筆し、二二二番の五及び同番七の各土地につき草野ミヨ子に対して所有権移転登記をしたので、右部分については、本件妨害排除請求の範囲から除外し、更に、二二二番七の土地についての崩落を防止するため、別紙図面(一)ないし(六)記載のとおり除去することを求める。
(二) 被告一郎の主張
(1) 被告一郎が本件山林に投棄した廃棄物等は原告土地に崩落しておらず、したがって、同被告は原告土地に堆積している廃棄物等の共有者でない以上、同被告は、原告土地に堆積している廃棄物等を排除する義務を負わない。また、被告一郎は、本件山林を相続により取得したが、本件山林と同山林に堆積している廃棄物等とはそれぞれ別個の所有権が認められる以上、被告一郎が本件山林を所有しているからといって、直ちに本件山林に堆積した自己の所有でない廃棄物等につき、原告土地に崩落する危険を予防する義務を負うことにはならない。
(2) 仮に、被告一郎が本件山林に投棄した残土等が、原告土地に堆積していたとしても、被告一郎には、原告土地に堆積した残土等を撤去すべき義務はない。なぜなら、原告土地も山林であるところ、山林においては一般に土砂等が落下しても取り除く必要性が低く、しかもその費用は膨大なものとなるから、妨害排除を求める側において膨大な費用をかけてまで落下した土砂等の堆積物を取り除く必要性がなければならないところ、本件においては、堆積物が原告の水源設備に直接影響を与えることはないから、右必要性がない。
(三) 被告乙川商店の主張
(1) 被告乙川商店は、被告一郎の承諾の下に、被告二郎が代表取締役である訴外○流通株式会社(以下「○流通」という。)との間で、本件山林に土砂等を投棄する契約を締結し、代金を支払って本件山林に土砂等を投棄したものである。したがって、被告乙川商店が本件山林に土砂等を投棄した時点で土砂等の所有権は土地所有者に移転し、投棄後も被告乙川商店が土砂等の所有権を留保するものではないから、たとえ、被告乙川商店が本件山林に投棄した土砂等が原告土地に堆積しているとしても、被告乙川商店は右土砂等を共有することにはならない。
(2) 被告乙川商店が、前記争点1の原告の主張(一)記載の期間に本件山林に投棄した土砂等の量は、一〇トントラック約二〇〇台分すなわち、二〇〇〇ないし三〇〇〇立方メートルに過ぎず、仮に、被告乙川商店が本件山林に投棄した土砂等が原告土地に堆積していたとしても、その量は、被告丙沢建材が投棄した量に比べて僅少である。したがって、原告土地に堆積した土砂等が混和して識別することが不可能であるとしても、被告丙沢建材が投棄した土砂等とその主従の区別は可能であるから、民法二四五条、同二四三条により、右土砂等の所有権は被告丙沢建材にある。
(四) 被告丙沢建材の主張
(1) 被告丙沢建材は、原告土地及び本件山林に堆積している土砂等の共有者ではない。
① 被告丙沢建材は、昭和六二年四月二七日、○流通との間で、本件山林に残土等を搬入する契約を締結し、右契約にしたがって、同六二年四月二八日から同年九月三〇日まで、次のとおり、残土等を本件山林に搬入した。
昭和六二年四月二八日から同年五月二〇日まで
ダンプカー 五三〇台分
同年五月二一日から六月二〇日まで
ダンプカー 一二五七台分
同年六月二二日から七月二〇日まで
ダンプカー 一二一二台分
同年七月二一日から七月三一日まで
ダンプカー 一四四台分
同年八月一日から八月三一日まで
ダンプカー 一七七台分
同年九月一日から九月三〇日まで
ダンプカー 一〇〇一台分
合計 ダンプカー 四三二一台分
なお、一台のダンプカーは一〇トンの残土を積載しており、一〇トンの残土は体積にして約九立方メートルであるから、ダンプカー四三二一台分の残土の体積は、三万八八八九立方メートルである。
② 右契約の目的物である残土等は、不特定物であるから、目的物が本件山林に到着し、○流通が残土等を受領し得る状態になった時に、特定するとともに、所有権が被告丙沢建材から○流通に移転するものである。
(2) 原告土地に堆積している土砂等のうち、被告丙沢建材が搬入した量は最大限に見積っても約17.7パーセントに過ぎず、したがって、原告土地に堆積した土砂等の従たる部分を占めるにとどまり、右残土等の全体に対し被告丙沢建材の所有権は及ばない。
(3) 原告は、当初、妨害予防の内容として、本件山林と原告土地との境界に擁護壁を設置することを求めていたところ、本件訴訟が提起された後に行われた被告一郎の本件山林への残土等の投棄により、右方法から現在原告が請求する予防方法(別紙図面(一)記載の黄色部分に堆積した廃棄物等のうち、水平距離二メートルに対し高さ一メートルの割合による勾配を超える部分を別紙図面(二)ないし(六)記載のとおりの計算のもとに、これを除去する方法)に変更され、右変更により工事費用が莫大なものとなった。右事情によれば、被告一郎に対して請求するのはともかく、それ以外の被告らにまで原告が主張する方法で妨害予防措置を採るべきことを要求することは、権利の濫用として許されない。
3 争点3
被告らは、原告に対し、各自、不法行為に基づく損害賠償責任を負うか否か。
(一) 原告の主張
(1) 被告らの責任について
① 被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材の責任について
被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材は、本件山林に廃棄物等を投棄すれば斜面を滑り落ちて原告土地に堆積することが明らかであるのに、前記争点1の原告の主張(一)記載のとおりの各投棄行為をしたものである。右被告らの投棄行為は、時間的に前後しているが、投棄という同一の行為で、各被告らが投棄した廃棄物等は混和して識別不能になっていることなど客観的に関連共同しているから共同不法行為となる。
また、被告一郎は、本件山林の事実上の管理者として被告乙川商店及び同丙沢建材に本件山林において廃棄物等を投棄させた点からも不法行為責任を負う。
② 被告乙川及び同丙沢の個人責任について
被告乙川は同乙川商店の代表者であり、また、被告丙沢は同丙沢建材の代表取締役であるので、右両名は個人としても不法行為責任を負う。
③ 被告二郎の責任について
被告二郎は本件山林及び原告土地の地形を熟知し、本件山林への投棄により廃棄物等が原告土地に堆積することを認識していたにもかかわらず、被告一郎と同乙川商店及び同丙沢建材の仲介をし、本件山林に廃棄物等を投棄させた。仮に、被告二郎が本件山林と原告土地の境界を知らなかったとしても、埋め立ての仲介をするに際し隣地との境界を確認する義務を怠った過失がある。
(2) 損害
原告土地は、千葉県内に水道用水等を供給するため建設中の長柄ダムの用地であるから、堆積した廃棄物等が崩れ落ちたり、あるいは廃棄物等に含まれる有毒物質がダム内に流入することを防止する必要がある。原告は右目的のため、次のとおりの費用の支出を余儀なくされた。
① 水質検査費用 四一四万四二〇〇円
千葉県の調査により、本件山林内の堆積物から高濃度のシアンが検出されたことから、原告土地内の堆積物にも有害・有毒物が含まれていることが強く懸念された。
そのため、昭和六二年九月八日から、本件山林及び原告土地から流下した水及び地下水の水質を検査した。
② 土留工事費用 四一二〇万円
原告土地内の堆積物の末端部に土留を設けたものである。昭和六三年一月に計画し、同年三月一二日着工した。
③ 堤防工事費用 七五〇万円
堆積物が土石流となって②の土留を越えた場合の堤防機能をもたせるため、右土留のダム側に存する工事用道路のかさ上げをしたものである。昭和六二年九月に計画し、同年一〇月八日着工した。
(二) 被告一郎の主張
(1) 被告一郎の本件山林への土砂等の投棄行為と、原告が主張する損害との間には、相当因果関係が存在しない。
① 原告の昭和六三年以降の水質検査において、シアン化合物、ヒ素、鉛等の有害物質は検出されておらず、また、本件ダムの貯水は現在においても水道用水として使用されていないばかりか、上水道として使用する目処は何らたっていないのであり、したがって、原告の実施した土留工事及び堤防工事が本件ダムの水質を保全するために実施されたものとはいえない。
② 原告主張の土留工事及び堤防工事がされた付近に堆積した土砂は、本件山林に隣接する訴外G所有の土地から流出したものが大部分であり、被告らが投棄した土砂が堆積しているとしても、それは僅かな分量に過ぎない。したがって、右各工事は、被告らの投棄した土砂が原告土地に流入することを防ぐために実施されたものではないから、その費用は、被告らの行為と相当因果関係にない。
(2) 被告一郎は、同乙川商店の本件山林に対する土砂等の投棄に承諾を与えたが、本件山林から原告土地に土砂等が崩落することがないような方法で投棄すること承諾したものであり、被告一郎は投棄の監督等はしていない。被告一郎は、同乙川商店の投棄により、原告主張のような損害が発生するとの認識を有しておらず、被告一郎には過失がない。
(三) 被告丙沢建材及び同丙沢の主張
(1) 原告が主張する損害は、有害物質がダム内に流入することを防止するための措置にかかった費用であるから、右損害賠償義務を負う者は、有害物質を本件山林に投棄した者であるところ、被告丙沢建材は、右有害物質を本件山林に投棄したことはない。シアン化合物を含む廃棄物等は、被告乙川商店が投棄したものである。
(2) 被告丙沢建材は、原告土地に直接土砂等を投棄したことはなく、また、本件山林のうち、原告土地に崩落するような場所に土砂等を投棄したことはなく、本件山林の入口付近に残土を降ろしていたにすぎない。したがって、仮に右土砂等が原告土地に崩落していたとしても、○流通等の行為によるものである。
(3) 仮に、被告丙沢建材及び同丙沢が原告に対し損害賠償義務を負うとしても、次の理由により、右被告らの負担の範囲は、最大限で全損害額の17.7パーセントに当たる九三五万三四二三円の限度である。
① 各加害行為が同種かつ等質的でその寄与度が数量的に明らかにできるような場合、それによって発生する結果は、各加害行為の寄与度に等しいと推測するのが合理的である。
② 本件山林及び原告土地に投棄された廃棄物等の総量は、以下のとおり約二七万五〇〇〇立方メートルである。
ア 約一五万立方メートル(前記争点1の原告の主張(一))
イ 約二万五〇〇〇立方メートル(被告一郎が本訴提起後も本件山林に廃棄物及び土砂等を投棄した量)
ウ 約一〇万立方メートル
原告土地には、G所有地から大量の土砂が流入しているが、その量は少なめに見積もっても約一〇万立方メートルである。
③ 原告は、被告丙沢建材が投棄した土砂等の量は四万八六〇〇立方メートルであると主張している。
④ よって、仮に原告の主張が認められるにしても、被告丙沢建材及び同丙沢に関係する土砂の割合は、二七万五〇〇〇分の四万八六〇〇、つまり、約17.7パーセントである。
(四) 被告二郎の主張
被告二郎は、被告乙川商店及び同丙沢建材に対し、本件山林を建設残土及び土砂によって埋め立てることが条件である旨の確認をとった上で、同被告らを被告一郎に紹介した。また、埋立ての範囲、現場の管理監督は、被告一郎に決定権があった。被告二郎は、当初、本件山林と原告土地の境界を認識しておらず、原告土地に土砂が堆積する認識はなかったが、昭和六一年九月ころ、本件山林と原告土地の境界を認識した後は、被告一郎に報告すると共に被告乙川商店及び同丙沢建材に境界を越えて残土等を投棄しないように通知した。以上のとおり、被告二郎には、故意、過失がなく、不法行為に当たる行為もしていない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 本件山林に堆積している廃棄物等は、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材が投棄したものであるか否かについて(争点1①)
証拠(甲一、一七ないし三五、三八ないし四六、四八、五〇、五一、九一、九四、九六の一、二、九七、九九ないし一〇八、一一〇、一一九、戊三、証人間庭晰、同上野三喜夫、被告一郎、同二郎、同丙沢)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告一郎は、昭和五八年ころ、同被告が経営する会社の資金繰りが苦しくなったことから、実弟のH(以下「H」という。)所有名義の土地であって本件山林の南方約一キロメートル程の所に所在する千葉県長生郡長柄町六地蔵千袋三三二番の土地(以下「千袋の土地」という。)をHの承諾の下に土木業者らに建設残土の捨て場所として使用させ利益を得ることを考え、被告二郎から紹介された業者に右千袋の土地を賃貸し、残土等を搬入させるようになった。被告一郎は、昭和五九年には、当時、父親の亡Kの相続財産であった本件山林についても、残土処理業者ら数社に残土等を運搬させ埋め立てをさせていた。本件山林に残土等を運搬するダンプカーは、本件山林の南側に接する道路から本件山林に進入して残土等を本件山林に投棄していたが、業者らが投棄したのは、土砂のほかコンクリート片やゴミ等が含まれていたため、昭和六一年五月下旬には、本件山林の斜面には、畳、古タイヤ、ビニール片、家屋の廃材等が多数堆積するようになり、また、右廃材等は本件山林と原告土地との境界線を越えて原告土地内にも滑り落ち、同土地内に堆積するようになった。
原告の職員は、昭和六一年五月二三日、本件山林に畳、古タイヤ、ビニール片、家屋の廃材等が多数堆積しており、また、右廃材等が本件山林と原告土地との境界線を越えて原告土地内にも堆積しているのを発見し、被告一郎に連絡し、同年六月二三日、原告の房総導水路建設所副所長間庭晰らが、被告一郎、同二郎及び当時本件山林で埋め立てをしていた業者である赤荻の三名と会い、本件山林への廃棄物等の投棄の中止を求めた。これに対し、被告二郎は、昭和六二年春ころまで廃棄物等を撤去し、原告土地を元の状態に戻すことを約した。しかし、昭和六一年一〇月、間庭らが現地に赴いたところ、以前にも増して廃棄物等が投棄されていることが分かった。そこで、原告や千葉県は、被告二郎に対し、右投棄の中止を何回も要請したが、受入れられず、結局、原告と被告二郎らとの話合いの結果、昭和六二年四月一〇日付けで、被告一郎、同二郎ら作成名義の、廃棄物等を一切投棄しないこと等を内容とする誓約書(甲三八)が原告宛に提出されるに至った。
また、被告一郎、同二郎らは、同年一月ころから同年八月ころにかけて何回か廃棄物等の撤去の計画図面を原告のもとに持参したが、いずれも内容が不十分であるため、同計画について合意の成立に至らなかった。
(二) 被告乙川は、昭和六一年七月ころから、建築物の解体による廃材の焼却又は埋立て用の土地を探していたところ、被告二郎から、同一郎を紹介された。そこで、被告乙川商店は、同一郎との間で、右廃材の焼却又は埋立てを目的として、千袋の土地を保証金五〇〇万円、地代一〇万円の約定で賃借する旨の契約を締結した。被告乙川商店は、同年一二月ころから、千袋の土地で焼却炉を設置して廃材等の焼却を始めたが、焼却できない廃材等(以下「不燃廃棄物」という。)は右土地に積み上げたままにしていた。被告一郎及び同二郎は、原告土地の復旧に関する原告との話合いの過程で、前記のとおり、同六二年四月一〇日、廃棄物等の投棄をしない旨の誓約書を原告に交付したにもかかわらず、一方で、被告二郎は、同人が代表取締役である○流通の名で、本件山林への残土等の投棄を始めることにし、被告乙川商店との間で、千袋の土地に搬入された不燃廃棄物等を本件山林で受け入れる旨の契約を締結し、被告乙川商店に対して、○流通名義の残土処理場搬入券を交付した。被告乙川商店は、不燃廃棄物を千袋の土地に運搬してきた業者には、右残土処理場搬入券を渡して本件山林に運ばせ、また、被告乙川商店のした解体工事に伴う不燃廃棄物や、千袋の土地に積み上げていた不燃廃棄物を本件山林に搬入した。被告乙川商店は、昭和六二年四月下旬ころから同年六月二日ころまでの間に、少なくとも、大型ダンプカー一五七台分の不燃廃棄物を本件山林に搬入した。
(三) 被告丙沢建材は、昭和六二年四月二七日、○流通との間で、被告丙沢建材が本件山林に搬入した残土の処理費として大型ダンプカー一台につき二五〇〇円を○流通に支払う旨の契約を締結し、同時に、被告丙沢建材が○流通にブルドーザー(運転手つき)及びユンボを賃貸することになった。被告丙沢建材の運搬車は、○流通が発行した残土処分場搬入券を本件山林において埋立ての管理をしていたOらに渡し、Oらの指示で残土等を本件山林に降ろしたが、本件山林の斜面に向けて残土等を降ろすこともあり、その場合には、残土等が原告土地内に滑り落ちることもあった。当初の契約では本件山林に搬入するものは覆土用の残土だけであったが、実際はコンクリートガラ(道路の踊り場に引く鉄板が足りない時に鉄板の代わりになるコンクリート)も搬入した。また、○流通の従業員内山が本件山林の処理場を管理していた同年七月上旬から八月下旬ころまでの間は、○流通の代表者、責任者のOらの承諾を得ることなく大量のコンクリート片やゴミ等を搬入した。被告丙沢建材は同年一〇月ころまでの間に、本件山林に少なくとも一〇トンダンプカー四三二一台分の残土等(約四万三二一〇トン)を搬入、投棄した。
原告は、昭和六二年九月一二日付けで、被告一郎、同二郎、同丙沢建材及びFに対し右投棄の中止を求める文書を送付したが、その後も右投棄は続いた。
(四) 被告一郎は、昭和六三年、亡Kの遺産分割協議において原告土地の所有権を取得(同年三月一九日所有権移転登記を経由)したものであるところ、同六二年一一月一二日、東京地方裁判所同年ヨ第六二〇四号仮処分申請事件において、原告との間で、本件山林において土砂等の投棄をせず、第三者にもさせない旨の和解が成立したにもかかわらず、その後も業者に、残土、コンクリート片、木屑等の産業廃棄物を投棄させた。そのため、被告一郎は、平成二年一〇月一〇日、本件山林に約二万六〇〇〇トンの産業廃棄物を投棄し、廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の容疑で逮捕された。
(五) 以上認定の事実によれば、本件山林に堆積している廃棄物等には、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材が先に投棄した七万トン以上もの大量の廃棄物等が含まれていることが認められる。
2 本件山林に投棄された右廃棄物等が原告土地に崩落したか否かについて(争点1②)
(一) 証拠(甲三二、三四、九九、一〇〇、一一九、被告一郎)によれば、本件山林は、廃棄物等が投棄される以前、進入道路に接する南側部分が最も高所にあり、進入道路に接する部分から北側へ下方に傾斜していることが認められ、したがって、進入道路から本件山林に搬入された土砂等は、ユンボ、ブルドーザー等の機械で丹念に時間をかけて踏み固めなければ、右土砂等は、斜面の下方へ崩落するものであることが認められる。
(二) ところで、被告一郎は、昭和五九年以降、本件山林に投棄した土砂等は、時間を十分かけて埋め立てしたものであり、右土砂等が原告土地に崩落したことはない旨主張し、右主張に沿う被告一郎の供述があるが、右供述はその内容が曖昧である上、前記1、(一)ないし(三)で認定した事実によれば、被告乙川商店及び同丙沢建材が本件山林に廃棄物等を投棄するようになったのは、昭和六二年四月以降であるところ、同被告らが本件山林に廃棄物等を投棄するようになる以前の同六一年五月には、既に、本件山林から流出した畳、古タイヤ、ビニール片、家屋の廃材等が原告土地に多数堆積していたことからすれば、被告一郎の前記供述は直ちに信用することができず、他に、被告一郎の前記主張を認めるに足りる証拠はない。
そうであるならば、被告一郎は、被告乙川商店及び同丙沢建材らが本件山林に廃棄物等を投棄する以前の昭和五九年以降、本件山林に業者らをして廃棄物等を投棄させたところ、その廃棄物等が原告土地内に崩落したものと認めるのが相当である。
(三) 被告乙川商店は、本件山林に投棄用の穴を掘り、その中に土砂等を投棄したから、右土砂等が原告土地に崩落したことはない旨主張するが、被告乙川商店において、本件山林に投棄用の穴を掘り、その中に土砂等を投棄したことを証するに足りる証拠はない。また、被告二郎は、昭和六二年四月ころ、本件山林と原告土地との境界付近に、二、三百万円の費用をかけて高さ五、六十センチメートルのコンクリート障壁を設置したが、同年六月二五日までには、既に右コンクリート障壁は、廃棄物及び土砂等の下に埋もれてしまっていることが認められるところ(甲一、九七、被告二郎)、前記1、(二)で認定したとおり、被告乙川商店は、同年四月一〇日から同年六月二日ころまでの間、本件山林に廃棄物等を投棄している以上、被告乙川商店が本件山林に投棄した不燃廃棄物は、本件山林の斜面を滑り落ちて原告土地内に堆積したものと認められる。
(四) 被告丙沢建材が本件山林に投棄した土砂等について、本件山林でユンボやブルドーザー等の機械で丹念に時間をかけて踏み固めていく等の方法がとられたことを示す証拠はない。また、被告丙沢建材は、原告土地に直接土砂等を投棄したことはなく、本件山林のうち原告土地に崩落するような場所に土砂等を投棄したことはない旨主張するが、前記1、(三)で認定した事実によれば、被告丙沢建材が本件山林に廃棄物等を投棄したのは、昭和六二年四月二八日以降であり、前記2、(三)で認定したとおり、同年六月までに本件山林と原告土地との境界付近に設置された高さ四、五十センチメートルのコンクリート障壁が廃棄物等で埋もれた事実及び甲第三二号証〔写真番号24〕、第九九号証に照らし、被告丙沢建材が本件山林に投棄した廃棄物等も、本件山林から滑り落ちて原告土地内に堆積したものと認められるのが相当である。
二 争点2(妨害排除及び妨害予防義務の存否)について
1 証拠(甲一一〇、一一八、一一九、戊一二、検証の結果、証人間庭晰及び同小倉域延)によれば、原告土地のうち、別紙図面(七)記載の黄色部分には、約二三万立方メートルの廃棄物等が堆積していること、別紙図面(一)記載の緑色及び黄色部分に堆積している廃棄物等は、コンクリート片、ビニール片、家屋の廃材、古タイヤ、鉄パイプ、木片、プラスチック、タイル、金属片等種々雑多であること、もっとも、別紙図面(一)記載の緑色及び黄色部分に堆積している廃棄物等とこれらが投棄される前の本件山林及び原告土地の旧地山とは、その地質等から明確に区別することができること、しかし、右廃棄物等は、その投棄前、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材らの所有に属するものであったが、投棄後、堆積している右廃棄物等については、そのどの部分が、右被告らの誰れの投棄したものであるか識別することができず、これらは渾然一体をなして混和し、主従の区別もできず共有の関係にあると認められること、以上の事実を認めることができる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 被告乙川商店及び同丙沢建材は、本件山林に投棄した土砂等は、本件山林及び原告土地に堆積している廃棄物等の量に比して、僅かな部分であり従たる部分を構成するに過ぎないから、右廃棄物等の所有権を有しない旨主張するが、被告らの右主張を証するに足りる十分な証拠がないことは前記のとおりであり、これを採用することはできない。
3 また、被告乙川商店及び同丙沢建材は、本件山林を管理していた被告一郎の承諾を得た上で、○流通との間の契約に基づき、代金を支払って本件山林に土砂等を投棄したものである以上、土砂等を本件山林に搬入した時点でその所有権が被告一郎又は○流通に移転した旨主張するが、前記認定のとおり、本件山林及び原告土地の各傾斜の状況及び位置関係等に照らして考えると、本件山林に投棄された廃棄物等は、土木機械で踏み固めたり柵を設けるなど崩落予防の工事をしない限り、原告土地内に崩落し、その結果、原告の権利を侵害して重大な損害を与えることが明らかであって、これを容易に予見し得たものであるところ、前記認定の事実によれば、被告一郎または○流通は、右のような原告の権利を侵害しない限りにおいて、被告乙川商店及び同丙沢建材に対しその廃棄物等の受入れを承諾していたものであって、第三者に重大な損害を与えるような態様でされたときであっても無条件で本件山林内への廃棄物等の搬入、投棄を承諾していたものとは、到底認めることができない。そうであるならば、前記崩落の予見の下でその予防の措置を講じていないことが明らかな本件においては、右廃棄物等の搬入、投棄によって直ちにその所有権が被告乙川商店及び同丙沢建材から被告一郎または○流通に移転したものと認めることはできない。よって、右主張は採用することができない。
4 また、被告一郎は、本件山林及び原告土地に堆積している廃棄物等が、原告の所有する水資源施設に直接影響を与えることがなく、したがって、莫大な費用をかけてまで原告土地に堆積した廃棄物等を取り除く必要性はない旨主張するが、原告土地は、前記認定のとおり、千葉県内に水道用水等を供給するためのダム用地(水源地)であるところ、前記二、1で認定した原告土地内の堆積物の種類、内容、さらに、後記認定の次の事実、すなわち、本件山林において昭和六二年に人体に有害なシアン化合物が発見され、その後の調査では右化合物は発見されなかったものの、今後発見されるおそれも十分ある事実等に照らして考察すると、本件廃棄物等の除去の必要性に関する被告一郎の前記主張は、到底採用することができない。
5 以上の次第で、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材は、共同して、原告土地のうち別紙図面(一)記載の緑色部分に堆積した部分の廃棄物等を除去する義務があることになる。
6 そこで、次に、被告一郎、同乙川商店及び同丙沢建材が、共同して別紙図面(一)記載の黄色部分に堆積した廃棄物等のうち、水平距離二メートルに対し高さ一メートルの割合による勾配を超える部分を別紙図面(二)ないし(六)記載のとおりの計算のもとに除去すべき義務を負うか否かについて判断する。
(一) 証拠(甲一一〇ないし一一二、一一八、一二一、一二二、検証の結果、証人小倉域延)によれば、土木工学上、盛土材料が粒度の悪い砂の場合、右材料による盛土が崩落しないようにするためには、のり面の勾配が、水平距離1.8メートルないし二メートルに対し高さが一メートルとされているが、現在、本件山林の斜面の勾配は約四二度あり、水平距離一メートルに対し高さが一メートル弱になっていること、原告土地のうち別紙図面(一)記載の緑色部分に堆積している廃棄物等を除去すると、本件山林と原告土地との境界付近で、両土地の間に垂直距離にして約16.5メートルもの段差ができる部分が存在すること、本件山林から原告土地へ向かう被告一郎が造成した通路の途中に長さ一三〇センチメートル程度の亀裂が生じていること、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、原告土地のうち、別紙図面(一)記載の緑色部分に堆積した廃棄物等をすべて除去した場合、本件山林に堆積した廃棄物等が原告土地に崩落するおそれがあることが認められ、右認定に反する被告一郎の供述は信用することができない。
そして、右崩落の危険を除去するためには、本件山林の斜面に堆積する廃棄物等の構成物が明確でない以上、粒度の悪い砂であることを前提として、それに適した工法を採用するのが相当であるところ、前掲各証拠及び甲第一二八号証の一ないし六によれば、別紙図面(一)記載の黄色部分に堆積した廃棄物等のうち水平距離二メートルに対して高さ一メートルの割合による勾配を超える部分を別紙図面(二)ないし(六)記載のとおりの計算のもとに、これを除去すべきであると解するのが相当である。
(二) これに対して、被告丙沢建材は、当初、原告は、妨害予防の内容として、本件山林と原告土地の境界に擁護壁を設置することを求めていたのに、本訴提起後に行われた被告一郎の残土等の投棄により、右の方法から前記(一)の廃棄物等の除去の方法に変更し、その結果、工事費用が莫大なものとなったから、被告一郎に対して請求するのはともかく、それ以外の被告らにまで右(一)の方法による妨害予防措置を求めるのは、権利の濫用であって許されない旨主張する。しかしながら、証人小倉域延の証言によれば、原告が、妨害予防請求の方法を変更したのは、被告一郎の本件訴訟後の本件山林への廃棄物等の投棄の結果、本件山林と原告土地との境界付近で本訴提起当時よりも廃棄物等の高さが二倍程度に増え、右の状態からすると、当初の請求のような擁護壁を設置しただけでは、本件山林から原告土地への廃棄物等の崩落を防止することはできず、当初請求した擁護壁よりも更に高い擁護壁を設置する必要があることになるところ、そのような擁護壁を設置するにはさらに莫大な費用がかかり、また、将来地震が発生した場合に擁護壁が倒壊する危険もあるから、前記(一)の方法に変更したものであることが認められる。しかも、右方法が、原告の当初求めていた擁護壁設置の方法より莫大な工事費用がかかることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告丙沢建材の権利濫用の主張はその前提を欠き理由がなくこれを採用することができない。
三 争点3(損害賠償義務)について
1 前記一で認定した事実及び前記二、1で認定した事実によれば、被告一郎は、本件山林に廃棄物等を投棄すれば、それが特別の措置をとらない限り原告土地に崩落して堆積することを容易に認識しえたにもかかわらず業者に投棄させたものであり、また、被告乙川商店及び同丙沢建材も、右事情を認識した上で、漫然と被告二郎が代表者の○流通との間で契約を締結し、本件山林に投棄したものであることが認められる。また、被告二郎は、本件現場に行って本件山林等を見分していることを認めており、本件山林及び原告土地付近の地形、位置関係等を認識していたものと推認できるから、本件山林に廃棄物等を投棄すれば、原告土地にこれが崩落し堆積することを容易に認識しえたにもかかわらず、被告乙川商店及び同丙沢建材と○流通との間で前記契約を締結させ、もって右被告らをして本件山林に廃棄物等を投棄させたものと認めるのが相当である。そして、本件山林に投棄された廃棄物等が原告土地に崩落して堆積したことは前記認定のとおりであるところ、被告らの右行為は前記認定の事実関係に照らせば、客観的に関連共同しているものと認められるから、共同不法行為としてこれにより被った原告の後記損害を連帯して賠償する義務があるというべきである。
なお、被告丙沢建材及び同丙沢は、発生した結果に対する加害行為の寄与度に応じた責任に限られるべきであると主張するが、被告らの内部的な負担割合について右寄与度を考慮することは格別、本件原告に対する関係で右寄与度に応じた責任しか負わないとする主張は採用の限りでない。
また、被告二郎は、被告乙川商店及び同丙沢建材に対し、本件山林を建設残土及び山砂によって埋め立てることが条件である旨の確認をとった上で、被告一郎に紹介した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
2 損害について
(一) 水質検査費用
前記のとおり、原告土地は、千葉県内に水道用水等を供給するために建設中の長柄ダムの用地であるところ、証拠(甲五四ないし八六、一〇一、一一三ないし一一八、証人上野三喜夫)によれば、昭和六二年ころ、千葉県の調査により、本件山林内の堆積物からシアンが検出されたことなどから、原告土地内の堆積物にも有害物質が含まれていることが懸念されたため、原告は、昭和六二年九月から平成三年三月にかけて、本件山林及び原告土地から流下した水及び地下水の水質を検査し、その費用として合計四一四万四二〇〇円を支出したことが認められる。
(二) 土留工事費用
証拠(甲九〇、一一八、証人上野三喜夫)によれば、原告は、原告土地内の堆積物が長柄ダム貯水池に流れ込まないようにするため、昭和六三年三月ころから、原告土地内の堆積物の末端部に土留を設ける工事を行ったが、それにかかった費用は原告主張の四一二〇万円を下らないものと認められる。
(三) 堤防工事費用
証拠(甲八七ないし八九、証人上野三喜夫)によれば、原告は、原告土地内の堆積物が長柄ダム貯水池に流れ込まないようにするため、昭和六二年一〇月ころから堤防工事等を行い、その費用として七五〇万円を支出したことが認められる。
(四) 以上の原告が支出した合計五二八四万四二〇〇円の費用は、被告らの共同不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
これに対し、被告一郎は、昭和六三年以降の水質検査において、シアン化合物等の有害物質は検出されておらず、また、本件ダムの貯水は現在においても水道用水として使用されていないばかりか、上水道として使用する目処は何らたっていないから、原告の実施した土留工事及び堤防工事は本件ダムの水質を保全するために実施されたものとはいえないと主張する。しかしながら、証拠(証人間庭晰、同上野三喜夫及び同小倉域延)によれば、本件ダムの貯水は水道用水として使用されていることが認められる上、甲第八二号証によれば、六価クロムも検出されていることが認められること、さらに、前記のとおりシアン化合物が検出された以上、水道用水としての性格からして有害物質が流出しないよう万全の態勢をとることは当然のことであるから、被告一郎の右主張は採用できない。
また、同被告は、原告主張の土留工事及び堤防工事がされた付近に堆積した土砂は、本件山林に隣接する訴外G所有の土地から流失したものが大部分であり、被告らが投棄した土砂が堆積しているとしても、僅かな部分に過ぎないと主張するが、証拠(甲三六、三七、証人間庭晰及び同小倉域延、検証の結果)によれば、昭和六三年秋ころ訴外G所有の土地から流失した土砂は、同人において概ね除去した上、G所有の土地と原告土地との境界付近にGが土留を設置したものであることが認められ、前記第三、一、1で認定した事実にも照らせば、被告らの投棄した土砂が少量であるとは到底いえないから、この点に関する主張も採用できない。
また、被告丙沢建材及び同丙沢は、原告が主張する損害は、有害物質がダム内に流入することを防止するための措置にかかった費用であるから、右損害賠償義務を負う者は、有害物質を本件山林に投棄した者であり、有害物質を投棄していない被告丙沢建材には原告主張の損害について責任がないと主張するが、前記第三、一、1、(三)で認定したとおり、被告丙沢建材はコンクリート片やゴミ等を投棄しており、有害物質が含まれているおそれのある物を投棄したことと原告主張の損害との間には相当因果関係があることが明らかであること、また、原告の主張する損害、とりわけ土留工事や堤防工事は、有害物質だけでなくその他の産業廃棄物等を含む堆積物が流入することを防止するためでもあること等にかんがみると、右主張も採用することができない。
第四 結語
以上の次第で、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官河野信夫 裁判官角隆博 裁判官中山大行は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官河野信夫)
別紙
別紙
別紙第一物件目録(原告土地)
一 千葉県長生郡長柄町六地蔵字勝古沢二二二番二
山林 一二一〇平方メートル
二 同町六地蔵字勝古沢二二二番三
山林 四四〇八平方メートル
三 同町六地蔵字皿木沢二三九番
田 一四六一平方メートル
四 同町六地蔵字皿木沢二四〇番一
田 二一平方メートル
五 同町六地蔵字皿木沢二四〇番二
原野 一〇三四平方メートル
六 同町六地蔵字皿木沢二四〇番三
田 六七二平方メートル
七 同町六地蔵字皿木沢二四一番四
山林 七四〇平方メートル
八 同町六地蔵字皿木沢二四一番五
山林 一五三平方メートル
九 同町六地蔵字皿木沢二四一番六
山林 一二一三平方メートル
一〇 同町六地蔵字皿木沢二四一番七
山林 六二八平方メートル
別紙第二物件目録(本件山林)
千葉県長生郡長柄町六地蔵字勝古沢二二二番一
山林 一一七八〇平方メートル
(ただし、平成元年八月二三日に分筆する前の地積は一四二〇七平方メートル)
除去物目録
(一) 別紙図面(一)記載の緑色部分の範囲内に存する旧地山の上部に堆積した廃棄物及び土砂であって、深さは同図面(二)ないし(五)記載のNo.0からNo.6までの各基準線のうち緑色斜線で図示された部分を基準として算出される範囲内の廃棄物及び土砂。
(二) 別紙図面(一)記載の黄色部分の範囲内に堆積した旧地山及び計画線の各上部に堆積した廃棄物及び土砂であって、高さは同図面(二)ないし(六)記載のNo.0からNo.9までの各基準線のうち黄色斜線で図示された部分(計画線の底部基点は標高で図示)を基準とし水平距離二メートルに対し高さ一メートルの割合の勾配を超える部分として算出される範囲内の廃棄物及び土砂。